相談役 近森正幸のドキュメント document

相談役 近森正幸のドキュメント

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2021年10月

看護の視点と病院経営者の視点

看護の視点は従来から個々の患者の暗黙知である「患者特性」を診て看護判断し、看護業務を行ってきた。患者特性は暗黙知であることから多職種へのタスクシフティングは患者の個別性を重視するあまり、生木を裂くような苦しみを伴い、現実的にもうまくいっていない。さらに、理論化できず、看護管理者のマネジメントの話を聞いていても項目の羅列を個々に検討している事例が多く、基本的に何をしないといけないか、何が大事か、何をするのかといった根本的なことがよく分からない。多職種との情報共有の為には暗黙知の為、カンファレンスやラウンドで多職種とすり合わせをして質の高い情報共有をせざるを得ないが、効率は極めて悪い。ICTを利用した情報共有の為には、暗黙知を形式知に転換せざるを得ず、たとえば病棟連携でICUやHCU、一般病棟、地域包括ケア病棟への入退室は入室基準や退室基準を決め、暗黙知を形式知に転換し、ICTを利用しパネルや電子カルテ上に患者一覧表を掲示し、効率よく情報共有を行っている(おそらく看護師は暗黙知から形式知への転換を意識せずに行っている)。

病院経営者の視点は、形式知の「業務」なので、多職種へのタスクシフティングは標準化出来るルーチン業務を医師、看護師から簡単に委譲することができる。ルーチン業務は体で覚えた業務なので、膨大な業務を安全、確実に行うことができる(透析技士の透析のセッティングや透析業務などはるかに医師より優れている)。情報共有も業務が形式知なので、電子カルテに載せるか一言、二言の情報交換で効率的に情報共有が出来るし、ICTを利用した情報共有も簡単です。当院では多職種が病棟に常駐し、患者を診て判断(診断)し、介入(治療)をくり返しているので、医師、看護師と同様に専門性が高まり、質の高い暗黙知の結論である形式知で情報共有すれば良質で効率的な情報共有ができる。

さらに、形式知の業務なので、理論化が可能になる。医療は複雑系と言われるが業務まで落とし込むと業務の連なり(ベルトコンベア)になるので、製造業のマネジメント理論(トヨタの看板方式、インテグラル型(すり合わせ型)、モジュール型(組合せ型)など)が応用できる。製造業は部品が均一化された物相手なので、ベルトコンベアで流すだけで同じ結果が出るが、サービス業は均一化されていない人相手なので、ベルトコンベアで流しても同じ結果は出ない。同じアウトカムを出すためには仕組みを変える必要があり、私達はフレームという概念を考えた。(図1参照)

看護の視点と病院経営者の視点_01

医師、看護師はプロフェッショナルなマネジメント業務を行い(赤丸)、医師、看護師の業務で標準化できる定型的なルーチン業務は医療専門職に代替し(茶丸)、膨大な業務を安全、確実に行えるルーチン業務を行う医療専門職が医師、看護師の業務を支えている。医師、看護師は診療の周辺業務を多職種に委譲することで、コア業務に絞り込むことが出来、質と労働生産性のアップと労働環境の改善になり、看護業務に余裕が生まれることから看護師は医師から高度な業務の委譲を受けることも可能になる。これらを支える仕組みがフレーム(枠組み)になり、患者はそれぞれに合ったフレームに乗って最適のサービスを受け、退院することになる。

次に伝統的病院の看護と病棟常駐型チーム医療の構造と視点の相違を図2に示します。

看護の視点と病院経営者の視点_02

病棟常駐型チーム医療の複雑性、不確実性に対応する変化を図3に示す。複雑性が高くなれば、多職種の数が増えたり各職種の業務量が増えたり減ったりして対応する。不確実性が高くなれば、医師、看護師のマネジメント業務が増え、各職種のルーチン業務が相対的に減って対応する。このように院長、部長が指示しなくても病棟に常駐する多職種が自律、自働し、対応することで、どのような状態になっても患者に最適なサービスが提供できるフレームとなる。

看護の視点と病院経営者の視点_03

最後に情報共有の仕方を図4に示す。モジュール型チーム医療がICTを利用した情報共有に適していることが分かる。

看護の視点と病院経営者の視点_04

いろいろ書いてみましたが、看護と同様、医師(特に医師会の先生方)は「医療は複雑系」という暗黙知の視点で医療を見ているため、全能の神、医師がすべての業務の指示を出さなければならないと思い込んでいる。そう考えるとほとんどの先生方の言動がよく理解できます。

社会医療法人 近森会
理事長 近森 正幸