マスターのたなごころの上で

 病院からの帰り道にある看板の出ていないバーで、スコットランドのモルトウイスキーを地域ごとに水平に、一つの蒸留所でも年代や樽の種類ごとに垂直に数年かけて飲み比べてみた。

 それからは、おいしかったウイスキーを何杯か組合せて楽しんでいた。そうしているうちにモルトウイスキーの味を極めるために、ブラインドテイスティングがいちばんではないかと思い立った。まず、もっとも分かりやすいところでスコッチ、アイリッシュ、バーボン、カナディアン、そしてジャパニーズの世界5大ウイスキーを試してみることにした。特徴のある5大ウイスキーなら簡単に分かるだろうと、たかをくくっていた。

 5大ウイスキーにもう1カ所の国を足して、6種類のテイスティングをすることにした。予想に反して、最初の一杯ではあのバーボンの特有の香りや味さえもはっきりしない。その上、追加したウイスキーが2008年に誕生した国際的にも評価の高い台湾生まれの本格的な「カバラン」だったので、混乱に輪をかけてしまった。

 すべて飲むときはハーフショットの水割りだが、飲むにつれていいお酒ほどおいしくなって違いが分からなくなる。最終的に日本の「山崎」とアイリッシュの「ミドルトン」、「カバラン」で悩んでしまった。結局一口目の印象が当たっていた。苦もなく分かると思っていたがとんでもなかった。しかも、スコッチはスペイサイドの「マッカラン」、カナディアンは「カナディアンクラブ」、バーボンは「ワイルドターキー」とそれぞれの国の代表的なウイスキーがそろっていた。

 これに懲りて同一地域のモルトウイスキーを3種類、違う地域を1種類の4杯で飲み比べることにした。しかもマスターの好意で違う一杯は右端に置いてくれた。それぞれの地域の個性がはっきりしたウイスキーをそろえてくれたこともあり、さすがに当てることができるようになった。それでもローランド3種類にマスターの遊び心でより土くさい「山崎」を入れられると、地味なローランドが華やかなハイランドと間違ってしまう。スコッチウイスキーの最右翼であるマッカランはさすがにすっきりとしたバランスのとれた旨さを感じるが、ブラインドだと糠味噌くささを感じて、これがうま味を生み出しているのがよく理解できた。

 だが、次にブラインドで飲んだマッカランは味がすっきりしておいしかった。同じマッカランでも20年前にボトリングした瓶だった。マッカランでさえ、麦芽が変わり、蒸留の仕方やいい樽が無くなってきているなどの影響が出ているのだろう。最近は調子にのってピート(泥炭)のきいたアイレイ島の5種類を飲み比べてみたが、マスターのいたずらで蒸留所の個性がまだ出ていない若いウイスキーを出され、一杯しか当たらなかったこともある。 

 ウイスキーは麦芽と仕込み水でボディがつくられそれが基本になる。アイレイ島のようにピートの地層から湧き出た水はピューティーな香りと味をウイスキーに与えるし、ミネラルの豊富な場所ではソルティなニュアンスが出てくる。スペイサイドのウイスキーが高く評価されているのはスペイ川の水質がすばらしいからだろうと思う。

 それ以外にも酵母や蒸留器の種類や蒸留の仕方、なによりもウイスキーを熟成する樽によって大きく変わってくる。

 一つの蒸留所でも多彩なウイスキーがつくられているので、ブラインドテイスティングは銘柄を当てるというよりも、ウイスキーをよりよく理解するツールとしては役に立つのではないかと思われる。これからもマスターのたなごころの上でモルトウイスキーをより深く楽しみたい。

2017年5月24日

理事長 近森正幸