2016年 近森病院70周年

 

70年を振り返って
2016年12月
社会医療法人近森会 理事長 近森 正幸
近森外科の開院

近森病院初代理事長 近森正博

  1946年南海大地震の3日後の12月24日に近森外科が開設された。父の正博が診療して、母孝子が給食、部下で元衛生兵の寺尾佐多馬事務長の3人での小さな組織から出発した。38年後の1984年11月26日に父が亡くなった当時、すでに医師が21名、スタッフが422名、ベッド数は579床になっていた。70年後の現在では、近森会全体で2,300人のスタッフ、常勤医師141名、高度急性期からリハビリテーション、在宅まで、792床の大きな組織となった。

 


野戦病院のような

1956年の当時の別館、1961年当時の本館

 

 私が高知に帰ってきた1978年当時の近森病院は、准看さんが当たり前の時代で、付き添いさんが吸うタバコのヤニで壁は黄色くなり、秋刀魚を焼く煙で非常ベルが鳴るような死亡率13%の、まさに野戦病院のような病院だった。

 リハビリ機能をもたない救急病院は「寝たきり製造病院」にならざるを得なかった。寝たきり患者さんが増えれば増床を繰り返していた。ある意味、父の時代は「量的拡大の時代」であったが、一方で、重症患者さんを集めた院内ICUや中央手術室といった機能の集中や組織づくりについて、合理的な考え方を近森病院の風土として植え付けてくれた。

 

量的拡大から質的向上へ

 私が1984年に院長、理事長に就任した当時、相前後して第一次地域医療計画が始まった。ベッドの多い高知県では増床ができなくなり、量的拡大から「質的向上」に方針の大転換を行った。機能を絞り込んで医療の質と労働生産性の向上を図った。1987年には増床を伴わない近森病院初の増改築を行い、中央診療部門が完成、現顧問の梶原和歌を本院の総婦長代理として迎え、近森病院の基準看護が始まった。

 さらに虎ノ門病院分院の石川誠先生を招聘し、1989年には近森リハビリテーション病院が開院した。ここでの実践をもとに、回復期リハビリテーション病棟の診療報酬が創設され、急性期から回復期、維持期のリハビリテーションの流れができ、日本の医療に大きな影響を与えた。

 同年、北村龍彦副院長を中心に総合医療情報システムが完成し、電子カルテシステムへの足がかりをつくってくれた。
 こうして「基準看護」、「リハビリテーション」、「トータルコンピュータシステム」の三大プロジェクトが実現したことによって、機能分化と連携を強力に押し進めることとなった。

 

機能を絞り込んで地域医療連携と病棟連携

 1999年整形外科の衣笠清人部長の発案で、落ち着いた外来患者さんを地域のかかりつけの先生方に逆紹介させていただき、外来は外傷などの救急対応と紹介外来、手術後の専門外来に徹底的に絞り込んで「地域医療連携」を押し進めた。これは2002年のハートセンターの開設、ERの設置を経て、2003年には高知県初の地域医療支援病院として実を結んだ。

 2011年には完全紹介予約外来制の近森病院外来センターが完成することで、地域医療連携がほぼ完成することになった。またこの年には、高知県では民間で初となる救命救急センターに指定された。これまで浜重直久副院長が営々と築き上げてきてくれた大内科制が救急医療に大きく貢献することになった。

 2000年には入江博之部長により、民間では高知県初となる本格的な心臓血管外科が開設され、高度急性期医療に対応するとともに、ICUが開設され、重症の患者さんを高規格の病棟で診て、落ち着いたら一般病棟へ移っていただくという「病棟連携」が始まった。現在はICU18床、救命救急病棟18床、HCU16床、SCU24床、合計76床の重症病棟が整備されている。2016年現在と1979年の航空写真比較
 

病棟常駐型チーム医療

 看護師の業務を看護というコア業務に絞り込んで、専門性が高く自立、自動するリハスタッフや薬剤師、管理栄養士、臨床工学技士、ソーシャルワーカーなどの多職種が病棟に常駐し、それぞれの視点で患者さんを診て、判断して、介入する「病棟常駐型チーム医療」を推し進めている。

 2007年には整形外科専門の近森オルソリハビリテーション病院が開設され、近森リハビリテーション病院とともに多くのリハスタッフを育ててくれた。また2002年には臨床栄養部の宮澤靖部長が栄養サポートを始め、日本のトップレベルのチームを作り上げてくれた。高齢社会の医療の両輪であるリハビリテーションと栄養サポートが充実していった。

 

21世紀の医療に対応できる病院へ

 2010年には高知県初の社会医療法人となって民間の活力をもった公的病院になるとともに、2010年から7年計画で近森会全体の増改築工事が始まった。近森病院は338床から114床増床し、452床の高度急性期病院になるとともに、第二分院の精神科を104床から60床の急性期治療病棟に特化し、総合心療センターとして近森病院に統合した。

 近森リハビリテーション病院は2015年江ノ口川南岸に新築移転し、翌2016年は近森オルソリハビリテーション病院も旧近森リハ病院を改築して移転、近森教育研修センター、近森病院附属看護学校も旧近森オルソリハ病院を改築し移転した。

 こうして21世紀の救命救急医療に十分対応できる近森会の体制をようやく整えることができた。

2016年現在高知橋からの近森会画像
「近森病院創立50周年記事」へ ひろっぱ126号 1996年12月25日発行
「近森病院創立70周年沿革」へ ひろっぱ365号 2016年11月25日発行