2016年 思いっきり力を発揮できる舞台で

 

近森会グループ 理事長 近森 正幸
五カ年計画の完成と今後の地域医療への影響

近森病院院長 近森正幸

 2014年12月には近森病院全面増改築工事が五カ年の歳月をかけようやく完成しました。それに伴う診療体制の整備や引越、338床から452床への増床に対応するために医師を始め看護師、メディカルスタッフの増員、さらに救急患者や入院患者の著しい増加により業務量が膨大となり、ERや手術室、心カテ室、内視鏡センター、病棟などでは多忙を極めています。
 2015年8月末には江ノ口川南岸に新たに近森リハビリテーション病院(以下、リハ病院)が完成、快適な病室や広々とした訓練室を有し先進的なリハビリテーションが展開されています。面積が1.5倍と急に広くなったことで戸惑っているスタッフも多いと思います。
 現在、旧リハ病院の東部分を全面的に改築中で、1月末には近森オルソリハビリテーション病院(以下、オルソリハ病院)が移転、引き続き旧オルソリハ病院を改築し5月中旬には近森病院附属看護学校が移転します。
 2014年から2015年にかけ、近森会グループ全体がひっくり返るような慌ただしさのなかで全スタッフが頑張ってくれています。近森病院の五カ年計画及びそれに続く一連の変革を通して、近森会グループ全体が鍛えられ一段とたくましくなったように感じています。

 2014年度のDPCデータの退院患者数では、工事に伴う病床の減少が影響し、退院患者数は高知医療センター、大学病院、日赤病院に次いで四番目でしたが、2015年度は病床も増え稼働率も高くなっていることから、日赤を抜き大学病院に肉薄する勢いを示しています。眼科や耳鼻科、小児科や産婦人科を除いた脳卒中や循環器、消化器、呼吸器、外傷といった生命にかかわる主な傷病においては、ベッド数の多い医療センターに次いで多くの患者さんに来ていただいていますが、2015年度から2016年度にかけては医療センターを抜き高知県のトップになっていると思われます。近森病院の退院患者さんが増加すると共に、リハ病院やオルソリハ病院の稼働率も高くなっています。

医療環境の激変とマネジメント

 2015年は日本の医療の転換点として認識されるのではと考えています。これは2014年4月の診療報酬改定で、短期の入院患者さんを平均在院日数から除外し、長期の重症患者さんを平均在院日数に繰り入れるなど、急性期病院の平均在院日数算定の厳格化が始まったこと、重症度、医療・看護必要度がA or BがA & Bとなり、7:1看護もICU、HCUも維持できなくなり急性期病院から脱落する病院が増えたこと、さらには在宅復帰率も厳しくなり、転院時、在宅として認められないケアミックス病院や療養病床の入院患者さんの減少が起こっています。
 処方箋の投与日数の制限が撤廃され、患者さんの来院回数が減ったことで開業医の1日外来患者数が激減したように、なにげないこれらの施策で急性期から療養病床における「入院の制限」が広範囲に起こり、稼働率の低下やそれに伴う収入の減少により日本の病院に大きな変動が生じています。
 一方、医療の高度化で設備や高額機器の整備、診療材料費や薬剤費の高騰が起こっています。それに加え第一次地域医療計画の施行により、かけ込み増床や開設した病院が30年経過し、建て替え需要が増大しているにもかかわらず、建築費の高騰と職人不足、それらに追い打ちをかける消費税の増税がボディーブローのように病院を痛めつけています。さらに、廃用や低栄養のすすむ高齢患者さんの増加に対応して、メディカルスタッフの増員と人件費の増加で経費が増大し、病院経営が急速に厳しい状況に追い込まれています。
 これに対し、診療報酬は世界的にも極めて低く単価が抑えられており、急性期病院は入院患者さんを増やし、労働生産性を高めて売り上げをあげることで、専門性の高いスタッフを増やし医療の質を向上させ、重症患者さんをいかに数多く確保するかの競争が始まっています。

基幹病院としてあり続ける唯一の道

 人口減少により基幹病院同士の生き残りをかけた競争の時代を迎え、近森病院五カ年計画では114床増床、ハードを一新し高度急性期医療に十分耐えうる建物や設備、機器を整備するとともに、優秀な医師、看護師、メディカルスタッフを増員し活発な研修によるソフト面の充実、さらには電子カルテをバージョンアップしマネジメント能力を地道に高めシステムを充実したことで、10〜20年後の医療に充分対応できる病院に変わりつつあります。私たちが進んでいる道は基幹病院としてあり続ける近森の唯一の進むべき道であったと確信しています。
 ある意味、高知県は2025年高齢社会の医療の実験室であったといえます。日本がこれから迎える超高齢社会の医療にもっとも適した病院のモデルが近森病院であり、急性期からリハビリテーション、在宅に至る近森会グループであるといえます。

機能の絞り込みは空気のような存在に

 これまでは建物も医療機器もスタッフも、病院が新しく大きくなるために“いけいけどんどん”でやってきました。これからはさらに医療の質を上げ患者数を増やし、在院日数短縮や長期入院患者の転院促進、より重症の紹介患者を増やすといった徹底した機能の絞り込みで労働生産性を上げ、不要不急のプロジェクトは抑えコストを堅実に削減していくという、緻密なマネジメントが求められています。

 そのためにはこれまで以上に「選択と集中」で機能を絞り込むことが必要になります。病院の機能を絞り込めば「地域医療連携」、病棟の機能を絞り込めば「病棟連携」、医療スタッフの業務を絞り込めば「チーム医療」が求められます。

 「地域医療連携」では、2011年11月に完成した外来センターは完全紹介・予約外来制で、再診の患者さんはもちろん、初診の患者さんもかかりつけの先生方が地域医療連携センターで予約し、紹介状を持って来院しています。
 この外来診療のシステム化と共に、落ち着いた患者さんを地域のかかりつけの先生方に積極的に逆紹介すること、逆紹介した患者さんでも専門医がフォローしなければならない患者さんは、浜重副院長がはじめてくれたピンポン外来で年2-3回は専門医が経過を診させていただくこと、最後に、かかりつけの患者さんが急変すれば必ずERで対応し、地域で安心して暮らしていただくこと、この四点を徹底することで、近森病院の地域医療連携は成熟してきました。
 地域医療連携の充実は、患者さんばかりでなく地域の先生方の満足度のアップと医師及び外来看護師の労働環境の改善に大きく貢献しています。
 「病棟連携」では、2014年8月本館A棟の完成により、高規格病棟は日本でもトップクラスの76床、452床の病床中16.8%を占めるようになり、高齢の重症で手間のかかる患者さんを看護師の多い高規格病棟でみて、落ち着くと一般病棟へ移っていただくという「病棟連携」が充実してきました。
 「病棟連携」は高齢の重症患者さんに安全、安心の医療を提供できることと、病棟看護師の労働環境の改善に大きく貢献しています。
 「チーム医療」では高規格病棟ばかりでなく、一般病棟でも多くの医療専門職が病棟に常駐しチーム医療を行うことで、忙しい医師、看護師からリハビリや栄養、医療機器、薬剤、退院調整といった周辺業務を取り、医師、看護師がコア業務に絞り込むことで、それぞれの専門性を高めてくれています。
 「チーム医療」の最大の効果は、医師、看護師ばかりでなく多職種の労働環境の改善と、いきいきとやりがいを持って働けるようになることにあります。
 医療専門職はそれぞれの視点で患者さんを診て判断し、介入することにより、医師が診断、治療をくり返し一人一人の患者さんから教えられ専門性を高めるように、「経験知」を積み重ね、専門性を限りなく高めて下さい。

 「地域医療連携」や「病棟連携」、「チーム医療」を徹底できているからこそ、近森病院が全国に知られているのだと思います。特に「チーム医療」においては全国トップの「病棟常駐型チーム医療」を展開し、「医師、看護師中心の少数精鋭の医療」から「多職種による多数精鋭のチーム医療」に大きく転換しています。組織も「医師中心のピラミッド型組織」から「多職種によるフラットな組織」へ変わりつつあります。これら機能の徹底した絞り込みにより、医療のやり方を変え、組織までも変革し、それらが多くのスタッフにとって空気のようなあたりまえの病院風土になっていることが、近森発展の原動力になっていると考えています。

 

浜重副院長の「大内科制」に感謝して

 浜重副院長は28年間にわたり「大内科制」を営々と作り上げてくれました。「内科医は専門医である前にジェネラリストであるべきである」という信念のもと、内科の各診療科を「大内科制」として統合し、若い医師をまずジェネラリストとして育て、その後、専門性を高め専門医として成長させてくれました。
 これにより、救急医療に特有な患者数の季節変動や専門医と患者数のアンバランスに対しても、専門医の業務を「診断と治療方針の呈示」というコア業務に絞り込み、若い医師が主治医機能を担当することで、専門医のバーンアウトを防ぎ、境界領域の患者さんや手間のかかる患者さんも幅広く受け入れ、近森病院のER型救急医療に多大の貢献をしてくれています。
 現在、内科専門医制度がはじまろうとしています。内科専門医の研修施設のあるべき姿はまさしく「大内科制」であり、先生が当たり前のように作り上げてくれた内科の体制がこれからの内科の正統であることが明確になってきました。
 地域医療連携でも、先生が始めた専門医とかかりつけ医との間の紹介状を介してのピンポン外来は、患者さんばかりでなく地域の先生方の安心と信頼を得て、近森病院の地域医療連携の充実に大きく貢献しています。
 現在、中医協では大病院での紹介状のない初診患者さんばかりでなく、逆紹介した患者さんが紹介状を持たずに再診した場合も、自己負担を徴収することが検討されています。このことは、先生がはじめたピンポン外来こそが、大病院の専門医が行う外来診療の究極の姿であることを示しています。

 大学病院の医局講座制やそれを継承した国公立病院とは異質の、浜重副院長が自由に作り上げてくれた診療科の壁を取り払った「大内科制」という診療体制が、日本の内科診療体制のあるべき姿であることが示され、これほど嬉しいことはありません。
 内科診療科のフラットな組織が診療科や職種間の壁を取り払い、風通しのいい今日の近森の病院風土をつくってくれたように思えてなりません。

昔も今もこれからも、みんなで力を合わせて

 2016年は私の父、近森正博が終戦後すぐの1946年に近森外科を開設して70年目を迎えようとしています。焼け野原の高知駅前で病院を建設し、医療を続け、病院を広げたことで、高知の一等地に立地するというすばらしいロケーションに恵まれました。父は1984年に亡くなるまで40年近く、目先の利益を追わず、その時代、時代で患者さんにとって最もいい医療を目指して頑張ってくれました。「救急の近森」としての確固たる信頼を築き上げてくれるとともに、医療資源としての584床の病床や422名のスタッフ、多くの建物、設備、機器を私たちに残してくれました。救急医療を追求することで先進の医療が充実し、基準看護の導入で診療と看護の両輪が動き始めたように思います。

 私も32年前に父の跡を継ぎ外科医、透析医として必死に働き、自己変革を繰り返し、患者さんにとっていい医療を提供し、すべての職員が笑顔でいきいきと働くことができる病院を目指して頑張ってきました。
 幸いにも、思いをひとつにしてくださる1,972名の優秀な医師やスタッフが集まり、県民、市民には「急性期からリハビリテーション、在宅」への近森会グループの医療の取り組みに厚い信頼をいただいたことで、今日の近森があるように思っています。
 私たちが思いきり力を発揮できるすばらしい体制ができあがりました。
2016年は近森会グループが大きく飛躍する年になるよう、心を新たにしてみんなで走り出そうではありませんか。